2013年6月15日土曜日

意見・戦略形成のこと

「過ちては改むるにはばかること勿れ」とは論語にある教えだという。まったく知らなかった。これは林修氏の著書『いつやるか? 今でしょ!』の冒頭に記載された言葉でもある。ある機会で偶々いただいたこの本の前書きに完全に引き込まれた。中高、大学の先輩でもある林修氏。いつかお会いしてみたいものである。

人生において常々、「頭の良い人物」、つまり「物事を上手くやる人物」、より実践的な呼び方をするのであれば「モテる人物」とは、前提となる事実が変化したときにすぐに意見・戦略を変更できる人物だと感じてきた。まさにこの論語にある言葉、林修氏が引いた言葉の通りだ。「大体の人の悩みは昔の人が解決している」という林修氏がテレビで述べていたことが端的に示された形でもある。すべての意見・戦略は、「仮に××という前提があれば、こうだ」というものにすぎない。そして、事実に関する情報は常に十全ではなく、また、変化しさえする。事実が変化したり、事実の把握を誤り失敗した際には、はばかることなく迅速に柔軟に意見・戦略を修正すべきなのだろう。

意見・戦略の修正においては 、「事実評価に先立って事実認定がある」ということを認識することが重要だといえる。我々の日常における選択は3つの過程を経る。(1)情報を集め事実を認定し、(2)認定した事実を評価し、そして(3)事実の評価に基づき戦略を立てる、というものだ(「論理」より前に「事実」が来るのである。これを取り違えるのは最悪の誤りである。用意した「論理」「枠組」からしか物事を考えられないのは、面接に来てコミュニケーションを図ろうとしない滑稽な学生のようである)。戦略を見直すには、まず事実の認定の部分から見直す必要があるだろう。これは、頭ではわかっていてもなかなか難しい。違う梯子を登るには、いったん今まで登ってきた梯子を降りる必要があり、これは明らかに面倒であるからだ。面倒さを感じなくなるほどに実践することが近道なのかもしれない。

★★★

ファイヤアーベントという人物がいた。

彼は、極度の相対主義者、普遍化の要求を拒む頑固な人物として評されることが多い。自明とされている様々なことをあえて疑ってみる、という姿勢が彼の根本にある。しかし、彼は本当に頑固なのだろうか。むしろその逆であるように思える。彼の言っていた「知のダイナミズム」とは、前提命題を疑い続けるという態度であるが、これは先ほど目指すべきだと述べた「常に事実の認定の部分から見直す態度」のような、極めて柔軟なものである。彼は柔軟であるということについて頑固であったのだ。この態度は、人生を上手くやるために見習うべき態度といえないか。

自明だと思っていたことを疑ってみること、これがファイヤアーベントの実践してきた態度の主要なものであった。「今考えていることの逆が正解だ」と述べたFF6のセッツァーさんのような心持ちが必要なのかもしれない。ちなみに林修先生のWikipediaの「影響を受けたもの」の欄に「村上陽一郎」という名前があった。彼はファイヤアーベントの著作の翻訳者でもある。

現在、比較的容易に入手できる書籍として『知についての三つの対話』というものがある。これはプラトン以来の対話方式を用いて綴られる内容となっている。事実として世界は「とりとめなし、結論なし」である以上、事実として人間の価値観は多様である以上、世界を、人間ををより的確に記述するためには、一人の主体に語らせるのではなく、とりとめないが全体として本質に近づいていく、という対話方式が適していると考えたのであろう。当ブログが多くの場合、結論ではなくメモとして手掛かりのみを羅列的に示しているのも同様の趣旨である(かもしれない)。

ファイヤアーベントに関する書籍は、彼の思考の質からすれば少なすぎるように思える。その著作のほとんどがファイヤアーベントの焼き直しである竹内薫氏あたりが解説書のようなものを書くことをささやかに期待したい。

★★★

先人から教訓を譲り受けるということは、感動的ですらある。

そして、ここでは先人の定義を拡張する必要がある。生きている人間も、そして年下であってもある領域において先をいっているような人も含む方が良さそうだ。

ジョジョ7部におけるジョニィに対するジャイロのように、「先人」との出会いは、人生を上手くやるという点において重要な役割を果たしうる。また、テレビに映った長友選手の本棚に、様々な自己啓発的な書籍が並んでいたことも思い出される。自分の中で信念や戦略を形成しつつ、それを修正していくのが人生なのだろう。

ときには先人の手を借りることが手っ取り早くてよいのかもしれない。手っ取り早さ、というのもまた、有限の人生の中で重要なことであろう。例えば、学生時代、家庭教師のバイトをしているとき、数学はすぐに解答を読ませることで成績を上げさせてきた。自分自身もそうだった。芸術においてもそうかもしれない。例えば、ピカソは「芸術とは盗むことだ」、ダリは「なにもマネしたくないと言ってる奴はなにもつくれない」と言ったらしい(これは個人的にはあまり同意できないが)。なんであれ、手っ取り早さ、というのは人生において重要そうだ。

0 件のコメント:

コメントを投稿